アジアのお箸

中国語・韓国語・ベトナム語・広東語が似ているので同時学習してみるブログ(東アジア漢字文化圏の言語の比較・対照)

【読書メモ】 中古音講義 (平山久雄 著)

日中韓越の漢字音のつながりについて学びたくて、中国語音韻学の本にいくつか挑戦しているが、難しい。


今回挑戦した本は、「中古音講義」(平山久雄 著)。1980-1990年代に東京大学などでおこなわれた講義をまとめたもの。中国での伝統的な音韻学の部分(切韻・反切・韻図)についてはかなり踏み込んだ内容になっており、難しい。一方で私が最も興味をもっている、中古音(昔の中国語音)と日韓越の漢字音とのつながりについては、概略と有力な参考文献を簡略に紹介する形となっている(しかし参考文献が分かれば、そこから先につなげることができる。ありがたい)。中古音と現代北京語との関連についてはかなり細かくまとめられている。


以下、個人的なメモ。


(p.5)
・現代の中国諸方言の音韻体系は、あたかも中古音を祖語として、それがそれぞれ異なる方向に変化した結果である如き外観をもっている。また、日本・朝鮮・ベトナムにそれぞれ伝わる漢字音は、いずれも中古音的な段階の中国語を模倣したものに起源をもつ。従って中古音は現代諸方言や外国漢字音を歴史的観点から統一的に理解する上でも重要である。中古音の正確な知識なしにこれらを論ずることはできない。


(pp.61-79)
・韻図の見方についてまとめられている。
・韻図には誤りと思われる箇所や、意味がはっきりと分からない箇所もある。


(pp.102-104)
・外国漢字音は日本・朝鮮・ベトナムの三国にあり、日本漢字音はさらに呉音・漢音・唐音に分けられる。
・呉音は奈良時代(710-784年)のはじめまでに日本に定着しており、おそらく仏教とともに南朝鮮を経由して伝わったものとみられる。
・漢音は、奈良時代から平安時代初期にかけて(八、九世紀)遣唐使や留学生の派遣、また音博士の招聘などを通じて唐代北方の標準的発音を取り入れたものである。九世紀に密教に従ってもたらされたいわゆる新漢音(天台漢音)にはさらに新しい特徴が反映している。
・唐音は、平安朝末期以後江戸時代に至るまで、民間の貿易や禅僧の往来に伴ってもたらされたもので、宋以降の江蘇・浙江の南方音や南方官話音が反映している。
・明治以降の漢和辞典に記す呉音・漢音には近世以来の学者によって人為的に加工され或いは作り出されたものが混じっているので、歴史的研究の資料として使う際には注意を要する。
・日本漢字音についての参考文献
  沼本克明1982「平安鎌倉時代に於る日本漢字音に就ての研究」
        1986「日本漢字音の歴史」
        1997「日本漢字音の歴史的研究」
  高松政雄1986「日本漢字音概論」
  築島裕1977「國語の歷史」
  築島裕編1997「日本漢字音史論輯」
  中田祝夫1982「日本語の世界4 日本の漢字」


(p.105)
・朝鮮漢字音について、有坂英世は宋代十世紀の開封音を反映すると結論した。
・これに対して河野六郎は、朝鮮漢字音が複数の層からなることを認め、その中の最も有力な層(b層)は九世紀初め彗琳「一切經音義」に反映する唐代中期長安音であるとしている。以後日本ではこれが定論となったかに見えるが、なお検討の余地を残す。
・朝鮮漢字音についての参考文献
  有坂英世1936「漢字の朝鮮音について」
   →有坂英世1957「國語音韻史の研究」
  河野六郎1964-65「朝鮮漢字音の研究」
   →河野六郎1979「河野六郎著作集2 中國音韻學論文集」


(pp.105-106)
ベトナム漢字音について、王力は、漢代の借用語である「古越漢語」、唐代の借用音である「漢越音」、中国語から借用された口語語彙である「漢語越化」の三種を区別した。普通にいうベトナム漢字音とはこの中の「漢越音」を指す。
・三根谷徹によれば、ベトナム漢字音の主層は唐代の彗琳音義の体系によく一致するが、それが直接に長安音を写したものではなく、唐代交州の学校で教授されていた標準的な中国語音に基づくというHenri Mapero(マスペロ)の説が妥当であろうという。
ベトナム漢字音についての参考文献
  王力1948「漢越語研究」
  三根谷徹1972「越南漢字音の研究」
   →三根谷徹1993「中古漢語と越南漢字音」


(pp.109-112)
音価推定の例として下記のように「家」の音を挙げている(麻韻二等開口)。
・日本呉音ではke、日本漢音ではka、朝鮮ではka、越南ではgia、北京ではjia。
・日本呉音で-eで現れるのは、中古音時代でも-aがやや狭まって-eに発音された方言があったと見ればよい。
・北京において-iaになるのは、aの含む前舌性により、それと子音との間にeの如きわたり音が発生し、それが次第に発達してiaに変化した結果であると説明できる。一般に広母音の調音に際しては、舌位を一度に下げるのは努力を要するので、漸移的に舌位を下げることになりやすく、そこで渡り音が生じうるのである。
ベトナム漢字音giaにもそれが反映している。


(pp.169-177)
・中古音と現代北京語との対応について表で細かくまとめられている。難しい。


(p.180)
・音韻変化対応規則の例外には例えば下記がある。
・「牛」の、あるべき現代北京音はyóuだが、現実の現代北京音はniúである。これは南方方言の借用である。
・「鳥」の、あるべき現代北京音はdiǎoだが、現実の現代北京音はniǎoである。これは男性性器を表す語との同音を回避したもの。


本書を通じての個人的感想
・本書も素人にはかなり難しいが、流し読みしつつ、なんとか目を通した。専門書に一冊目を通すと少し自信がつく。
・切韻や韻図についてはあいかわらず難しい。しかし現代の中国語音や外国漢字音の歴史的なつながりを知るには中古音を知らなければならないと断言されており、そのためには切韻や韻図を学ばなければならない。
・韻図は切韻にくらべて、まだ興味を持てそう。しかし分かりにくい。
・中国語を学んだとき、「牛」をniúと読むことや、「鳥」をniǎoと読むことに、なんとなく違和感を感じていた(日本漢字音とかなりかけはなれているように感じたため)。本書で音韻変化対応規則の例外だと知って合点がいった。
・朝鮮漢字音についての河野六郎の文献と、ベトナム漢字音についての三根谷徹の文献はぜひ読んでみたいと思う。おそらく難解だと思うが。
ベトナム漢字音については以前から下記の疑問を抱いていたが、王力の文献がそれに答えるものなのかもしれない。しかし中文で書かれたものなので私の力では読めない。残念。

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