アジアのお箸

中国語・韓国語・ベトナム語・広東語が似ているので同時学習してみるブログ(東アジア漢字文化圏の言語の比較・対照)

【読書メモ】 唐代の人は漢詩をどう詠んだか 中国音韻学への誘い (大島正二 著)

日中韓越の漢字音に変化が生まれた過程を知りたくて、そのことに近いと思われる学問(中国音韻学)の本を少しずつ読んでいる。今回読んだのは「唐代の人は漢詩をどう詠んだか」という書籍。こちらの本は、実は1度読もうとしたが難しくて挫折したことがあり、今回は再チャレンジである。他の中国音韻学の難しい本をワケが分からないまま読んだおかげか、他の本よりはまだ本書は読みやすく感じられた(それでも難しいが)。


以下自分として気づきが得られた部分をメモする。特に本書の後半部分に興味が惹かれた。




(p.126)
カールグレンの「中国音韻学研究」(Études sur la phonologie chinoise)は以下四巻からなる。
 ・第一巻「中古漢語」(l'ancient chinoise):「切韻」「広韻」「韻図」から推定した中古音の音韻体系を論じている。
 ・第二巻「現代諸方言の記述音声論」(phonetique descriptive des dialects modernes):日本・朝鮮・ベトナム・中国諸方言の漢字音を記述している。
 ・第三巻「史的研究」(études historique):第一巻と第二巻を踏まえ、比較文法の方法に基づいて中古音の音価(実際の発音)を推定し、また中古音から現代の諸方言へどのように変化したかを説いている。
 ・第四巻「方言字典」(dictionnaire):漢字の音について、二十六の方言音と外国漢字音と推定した中古音を記載している。


(pp.128-9)
カールグレンはマスペロや李方桂の批判を受けて自説を修正した。マスペロはベトナム語の音韻史についても論文を書いている。


(p.138)
有坂秀世河野六郎がさらに批判を加え、カールグレンの説が修正された。


(pp.139-140)
古代中国語の唇音は、ベトナム漢字音では四等(甲類)の場合にかぎって舌音化した(唇音が舌音に変化した。pi>ti)。iの前のpがtに変わるという一種の口蓋化(口蓋=上あご)。前舌が上あごに近づくことを口蓋化という。口蓋化されたpなどの唇音声母は、唇を閉じるのと同時に舌の先が前歯の裏または歯ぐきにつき、tなどの舌音声母に変化しやすい。
ところが三等(乙類)の場合は唇音は唇音のまま残されている。すなわち、ベトナム漢字音のpi, bi, miなどは、もとからこの形だったのではなく、はじめは、p-, b-, m-のすぐ後ろに、p,b,mなどが口蓋化するのを邪魔する働きをもった非口蓋性の要素があったのではないかと推定される(朝鮮漢字音の三等、四等の区別とも関連する)。<重紐(じゅうにゅう)の問題>


(pp.146-149)
中古音の声母k-, k'-, g-, ng-が現代北京語(ピンイン表記)ではどう変化したかについて、下記のように規則的に対応している。
・k-("見"母)は、直音(介母がない)ではg-になり、拗音(介母に-i-がある)ではj-になる。
・k'-("渓"母)は、直音ではk-になり、拗音ではq-になる。
・g-("群"母)は、直音の平音(声調が平声)ではk-になり、直音の仄音(声調が上声・去声・入声)ではg-になる。拗音の平音ではq-になり、拗音の仄音ではj-になる。
・ng-("疑"母)は、声母はゼロになる。


(pp.151-152)
中古音の声母g-("群"母)については、呉方言が手掛かりとなる。呉方言では"群"母の直音ではg'-という有声の有気音(日本語の「グ」のような音)、拗音ではdz'-という有声の有気音(日本語の「ズ」のような音)になっている。拗音では口蓋化している。
"群"母字は日本の呉音では、群(グン)・求(グ)・近(ゴン)のように有声音のガ行で写している。
"群"母字は呉方言以外のほとんどの現代方言では有声性を失って無声化している。日本の漢音が群(クン)・求(キウ)・近(キン)のように無声音で写すのは、唐代の長安音で有声音の無声化が進んだことを表している。 


(p.161)
中古音の音韻体系は唐代にはいると下記のように大きく変化しはじめている。
・有声音の無声化(b>p, d>t, g>kなど)。例えば「歩」を日本の呉音では「ブ」と有声音で写すが、漢音が「ホ」で写すのは、中国音で起こった無声化の反映である。
・鼻音声母の脱鼻音化(m>mb>b, n>nd>dなど)。例えば「米」を日本の呉音ではマ行で写すが、漢音はバ行で写す。新米(マイ・呉音):米(ベイ・漢音)国、次男(ナン・呉音):男(ダン・漢音)子など。
・軽唇音化が起こった(p>fなど)。




・・・さてさて専門用語のオンパレードだった。これを踏まえて、自分自身の感想は以下のように整理される。


・カールグレンの西洋的な歴史言語学の手法による中古音の再構により、中古音から現代北京語や外国漢字音(日本語・朝鮮語ベトナム語)への音の変化が推測できるようになった。これが中国音韻学の中で、私がもっとも関心をもつ部分だということに気づいた。カールグレン以前の中国の伝統的な音韻学(切韻やら韻図やら)は個人的には正直あまりおもしろくはないが、知識としては必要となる(カールグレンも中古音を再構するにあたり切韻や韻図も参照した)。


・カールグレン、マスペロ、有坂秀世河野六郎などの論文や著書が、私の求めている、日中韓越の漢字音の歴史的なつながりを説いているのではないだろうかという期待を抱いた。この中で選ぶならば河野六郎がまだ少しだけ読みやすそう? カールグレンにも挑戦したいが、原文(フランス語)か翻訳(中国語)しかないようなので、私の能力的にはまずもって非現実である。


・日本漢字音の呉音と漢音の違いは、唐代に中国語で起こった音の変化を表している場合がある。




中国音韻学の中で、特に自分が求めている部分が少しだけ分かった気がする。そしてここから先に進みたければ、本当に専門的な論文の世界に入っていかなくてはならない。。。


といってもいきなり論文に取り組むのは無謀すぎる。他にも図書館で借りた中国音韻学の専門書があるので、次はそれらに挑戦していく。


・・・はぁ、難しい本を読むと疲れますね!