日中韓越の漢字音のつながりについて学びたくて、最近、中国語音韻学の本にいくつか挑戦している。
今回挑戦した本は、「漢字音韻学の理解」 (李敦 著 / 藤井茂利 訳)。韓国の学者の著書を日本語に訳したもの。序文では「漢字音研究に必要な基礎的理論と方法などを平易に叙述してみようとした」とあり期待したが、案の定、めっちゃくちゃ難しかった・・・。
韓国の著書のため、韓国漢字音についてかなり詳しく書かれている。
韓国漢字音の母胎はなんであるかについて下記に整理をする。
(p.274)
・「南方呉音説」
・Henri Masperoによる。
・歴史的事実と文化的背景をもとにしたもの。
(p.275)
・「隋・唐初の北方中古漢音説」
・Karlgrenによる。
・切韻音による。
(pp.275-276)
・「南北混音説」
・満田新造による。
・三国史記(高句麗・新羅・百済の三国時代から新羅が統一した歴史)などによる。
(pp.277-283)
・「宋代開封音説」
・有坂秀世による。
・歴史や音の特徴をもとに、10世紀の北宋の首都(開封)の音によるとする。
(pp.283-284)
・「唐代長安音説」
・河野六郎による。
・唐代の長安音を代表する彗林「一切経音義」と類似しているため。
・旧層(南朝の江東音)と新層(唐代の長安音)の複合であり、近代の漢字音の主流は新層に属するとする。
(pp.284-285)
・「切韻系母胎説」
・朴炳采による。
・6-7世紀の中原音を代表する切韻音が韓国の漢字音の形成に決定的な役割をしたとする。
・一部呉方音が加味され江東音の影響がその底に敷かれているとする。
(pp.285-286)
・「南北朝音母胎説」
・辛容泰による。
・南北朝時代の中原音が加味された江東・江南音であるとする。
(pp.285-286)
・韓国漢字音の規範化について
・三国時代(高句麗・新羅・百済)の漢字音は或る地方の方言を一時に輸入したのではないので相互間に異質的な特徴が存在した。であったが新羅が三国を統一した7世紀後半から高句麗・百済の漢字音は漸次、新羅の土着の漢字音に吸収同化されたと推定される。このとき新羅は唐と緊密に交渉して文化交流が完成したので自然に長安音の要素が新羅漢字音の規範化に絶対的な影響を及ぼしたと想像できる。
(p.292)
・新羅の景徳王が16年(757)に三国以来の伝来の国有語の地名を漢字語の地名で全面に改編したのは当時の中国文化の影響である。
本書を通じての個人的感想
・中国音韻学の知識がないと、本書は読みこなせない。私の今の実力には合っていない。「漢字音韻学の理解」というタイトルだが、残念ながら「理解」することはできなかった・・・。
・韓国(朝鮮)漢字音の母胎については様々な説があるが、それでも韓国(朝鮮)漢字音を理解するためには中古音が一つの大きな柱となるようだ。
・朝鮮半島が三国(高句麗・新羅・百済)に群雄割拠していたのち、新羅によって統一されたが、そのことにより新羅の漢字音が朝鮮半島の漢字音の規範になったのではないかという話は興味深い。また、中高生のころに歴史の授業で高句麗・新羅・百済という名前を聞いた覚えが残っていたが、当時なんとなく覚えていたことが今になって自分の趣味の理解に役立つとは思いもよらなかった。子供の頃の学校の授業って無駄なようであってもそれなりに意味のあるものだったのかなと今更ながら感じた。
・韓国旅行にいくと、地名がほとんどすべて漢語風になっていることに気づくのだが、これは新羅の景徳王が実施したものだということを本書で知ることができた。以前からずっと気になっていたことなのでよかった。
いやはや、最近難しい専門書にチャレンジし続けて、ちょっと疲れてきました。
でもこのような中国音韻学の勉強は最近個人的にかなり心を惹かれます。私には特定の外国語を流暢にしゃべれるようになりたいという思いよりも、言語と言語の歴史的・地理的なつながりや関連性を深掘りして明らかにしたいという欲求の方が強くあります。